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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)4784号 判決 1998年3月12日

原告

川利男

ほか一名

被告

桜田朝江

主文

一  被告は、原告らのそれぞれに対し、七〇〇万七九一四円及びこれに対する平成六年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らのそれぞれに対し、三〇三五万九〇七三円及びこれに対する平成六年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、川和美(以下「和美」という。)が自動車に乗車中被告の運転する自動車に追突され負傷した事故に関し、和美がその後自殺したのは右事故と相当因果関係があるとして、和美の相続人である原告らが、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づいて損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下のうち、1ないし4は当事者間に争いがなく、5は甲第二号証により認めることができる。

1  被告は、平成六年一一月五日午後三時五分ころ、普通乗用自動車(大阪五二ら一〇八二、以下「被告車両」という。)を運転して大阪府茨木市郡五丁目八番道路(以下「本件道路」という。)を進行中、原告川利男(以下「原告利男」という。)の運転する普通乗用自動車(大阪三五つ四八七〇、以下「原告車両」という。)に被告車両を追突させた(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故当時、和美は原告車両に同乗しており、本件事故により頭部外傷、頸椎捻挫の傷害を受けた。

3  被告は、本件事故当時、被告車両を自己のために運行の用に供していた。

4  和美は、平成七年一二月一四日、自宅において縊死を遂げた。

5  和美死亡当時、原告利男はその夫、原告川悌暢(以下「原告悌暢」という。)はその子であった。

二  争点

1  本件事故と和美の死亡との因果関係の有無

(原告らの主張)

和美は、本件事故以前は身体、精神ともに健康であったが、本件事故により受傷した後は、通院生活を余儀なくされ、手足のしびれや首の痛み等から不自由な生活を強いられることとなり、元来他人に迷惑をかけずに何ごとも自分でやる性格であったことから、予後不良である自己の身を省み、他罰的意識に苛まれ次第に精神的に疲弊し、あるいは抑うつ状態ないしはこれに類似する状態を増幅させ、ついに縊死を遂げたものである。一般に、自らに責任のない事故で傷害を受けた被害者は、自らにも責任のある事故で傷害を受けた者に比して、被害回復についての欲求が強く、受傷時の精神的ショックがいつまでも残りがちで、各種要因と相俟って神経症状態に陥り、更にはうつ病状態に発展しやすい。また、うつ病患者の自殺率は全人口の自殺率に比べると極めて高いことが認められる。したがって、被告の一方的過失により発生した本件事故により傷害を負った和美が、右のような経過により自殺することは通常人においても十分に予見することが可能であり、本件事故と和美の死亡には相当因果関係が認められる。

(被告の主張)

本件事故によって和美が受けた傷害は、入院を要しない程度の頸椎捻挫及び極めて軽度かつ一過性の頭部外傷であるので、本件事故と和美の死亡との間には相当因果関係は認められない。

2  原告らの損害

3  過失相殺

(被告の主張)

本件事故は、被告車両が直進中、原告車両が急停止したため避けきれず追突したものであり、本件事故の発生には利男にも二割の過失があるから、被害者側の過失として、原告らの損害から二割の過失相殺をすべきである。

(原告らの主張)

本件事故は、道路脇駐車場進入の順番待ちで路上停車中の原告車両に被告車両が衝突したものであり、原告利男には過失はない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故と和美の自殺との因果関係の有無)について

1  甲第三ないし第七号証、検甲第一ないし第三二号証、乙第一ないし第四号証及び原告利男本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 和美は、昭和二〇年四月六日生まれの女性で、昭和四五年に原告利男と婚姻し、長男原告悌暢を儲けたが、本件事故当時は、原告悌暢は婚姻して独立しており、会社員である原告の利男と二人暮らしをし、家事労働に従事していた。和美は、几帳面な性格であったが、本件事故まで精神的なことで悩んで精神科に通院するといったこともなく、日常生活もごく普通に送っていた。

(二) 和美は、本件事故当時、原告利男とともに、自宅近くの和光電器に買い物に行くため、原告利男の運転する原告車両の助手席に同乗しており、原告利男が、警備員の誘導に従い、本件道路に面した和光電器の駐車場に入場するため、左に方向指示器を出し、原告車両を左斜めにして半分ほど歩道に乗り上げさせて停止している状態で本件事故に遭った。原告車両は、被告車両に追突された衝撃で左前方に押し出され、前記駐車場に駐車中であった別の車両に衝突して停止した。

(三) 和美は、本件事故後、救急車で茨木医誠会病院に搬送され、頭部外傷Ⅰ型、頸推捻挫の診断を受けた。和美は、同病院で、頸部、右上腕痛、後項部痛を訴え、頸部、右大腿屈側に圧痛が認められたが、頸部の可動域には異常なく、手足のしびれ感もなかった。また、レントゲンの結果、頭部、頸部に骨折は認められず、椎間の異常も認められなかった。そのため、頸椎カラーを装着し、投薬にて加療を受けることとなり、一週間の安静加療を要する見込みと診断された。

(四) 和美は、平成六年一一月八日に医療法人祐生会みどりケ丘病院(以下「みどりケ丘病院」という。)を受診し、頸椎捻挫、腰推捻挫、背部痛、頭部外傷、骨盤部打撲、外傷性視神経障害の疑いと診断され、平成七年五月二五日まで同病院に通院した。和美は、同病院では、軽度の背部痛、頭痛があり、また、まぶしい、チカチカするなどの症状を訴えたが、屈折検査、精密眼圧測定、精密眼底検査、細隙灯顕微鏡検査等によっても外傷性視神経障害は認められず、平成六年一一月二九日からは超音波、牽引によるリハビリが開始されたが、平成七年一月九日ころまでには腰部痛は消失したものの、その後も頸部痛、吐き気を訴え、項部の圧痛があり、投薬、湿布、リハビリによる加療を受けながら、大きな変化がないまま推移した。

しかし、平成七年四月七日には頸部痛も緩解し、ジャクソンテスト、スパーリングテストいずれも陰性との結果であった。

(五) 和美は、その後、平成七年六月一日には京都武田病院を受診して頸椎捻挫、背部捻挫、頸椎椎間板ヘルニアと診断された。和美は、同病院でも頸部痛、背部痛を訴え、同月二五日にはMRIの結果、第五、第六頸椎間、第六、第七頸椎間椎間板ヘルニアがあり、左傍正中性で脊髄に圧排あり、また、第三胸椎レベルで脊髄背側からの圧排があり、骨性の脊柱管狭窄症と診断された。しかし、同年九月二日には頸部から背部にかけての痛みが残っているものの改善したとされ、同年一〇月一八日を最後に和美は同病院へ通院しなくなった。

(六) 和美は、平成七年一二月一四日午前五時ころ自宅において違い棚の支柱に荷造ロープを掛け縊頸し窒息して死亡した。

(七) 和美は、日々家計簿を付けるのを常としていたが、家計簿の本件事故当日欄には本件事故にあった旨の記載があり、以後毎日の治療経過や身体の状況、事故にあった気持ち等が記載されており、その内容は次第に具体的、詳細に記載されるようになっていき、身体の状態が思うようによくならないことに対する悲観的な記載が目立つようになり、特に平成七年の五月ないし九月の欄には、家計簿としての本来の記載はなく、サインペンで大きな文字でこれらが書いてあり、その中には、治療経過について、「お陰様で以前に比べれば寝られるだけでも良いと思わなければ」、「吉田先生は誰でも落ち込む、皆なムチウチをした人は落ちては乗り越えていく、私だけではないと言われる」等の記載がみられ、また、本件事故について、「追突事故これが私の運命なのか。四九歳、持って生まれた避けられない運命なのか。」、「私は弱い人間なのだろう。どうして事故さえなければこんな痛い思いをしなくてもよいのにと泣いてしまう。」、「弱い私は本当にどうしようもない人である。車を運転する人は年は関係ない。安全に気をつけてください。人によって痛みは違うかもわかりませんが、泣いている人もいるのです。」等の記載がみられ、更に、その最後の部分はちぎられた状態となっている。

2  右によると、和美は、本件事故による受傷のため、頸部痛をはじめとする諸症状が発現し、右症状が思うように軽減しないことに過度の不安、焦燥を感じ、更には、本件事故が被告の一方的な過失によって発生したものであるとの認識も大きく作用して、長期間にわたり精神的苦痛を受け続け、神経質な性格と相俟って抑うつ状態となり、ついには自殺に及んだものであると推認されるところ、交通事故の被害者が長期間に及ぶ頸部痛等のため精神的苦痛を受け、その結果抑うつ状態となり自殺に至ることは、通常人の予見可能なことということができるから、本件事故と和美の死亡との間には相当因果関係を認めることができるというべきである。

もっとも、自殺は通常本人の自由意思に基づくものであり、交通事故による受傷のため精神的苦痛を受けた者が必ずしも自殺に至るものではないことは明白であるから、加害行為と発生した結果との間に相当因果関係が認められる場合であっても、被害者の心因的要因等が寄与して損害が拡大した場合には、損害の公平な分担の見地から民法七二二条二項を類推して、その損害の拡大に寄与した被害者の事情を斟酌すべきであるところ、前記のとおり、和美が本件事故によって受けた傷害は必ずしも重大なものとは認められず、特に、和美が京都武田病院への通院を中止した平成七年一〇月一八日の時点で、和美に症状固定後に神経症状等の後遺障害が残る見込みであったものとは認められず(なお、和美は、京都武田病院では、第五、第六頸椎間、第六、第七頸椎間椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症が認められているが、これらが本件事故によって発生したものとは認められず、また、これらと和美の症状との関係も不明である。)、和美の症状は、やや長期化の傾向は窺われるものの、全体としては治癒の方向へ向かっていたものと認められ、和美が自殺したことについては和美の神経質な性格や心因的要因によるところが大きいというべきであり、和美の死亡による損害については、その八割を控除するのが相当である。

二  争点2(原告らの損害)について

1  傷害による損害

(一) 治療費 一〇四万四二六五円 (請求一〇一万七五五〇円)

和美が、茨木医誠会病院の治療費として一〇三〇円、みどりケ丘病院の治療費として七一万六三八〇円、京都武田病院の治療費として二八万四六九〇円を支出したことは当事者間に争いがなく、乙第七号証及び弁論の全趣旨によれば、和美は右のほか治療費として四万二一六五円を支出したことが認められる。

(二) 休業損害 二二八万五一七八円 (請求三八一万七八七三円)

和美は、本件事故当時、四九歳であり、主婦として家事労働に従事していたのであるから、和美の休業損害は平成六年賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・四五ないし四九歳の女子労働者の平均賃金である三五一万六四〇〇円を基礎に算定するのが相当である。そして、和美の前記治療経過に照らせば、本件事故の日である平成六年一一月五日から頸部痛の緩解した平成七年四月七日までは全く就労ができず、その後症状の改善がみられた同年九月二日までは労働能力の五〇パーセントを、以後通院を中断した同年一〇月一八日までは労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認められ、右によると、本件事故による和美の休業損害は、次のとおり二二八万五一七八円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。

計算式 3,516,400÷365×(154+148×0.5+46×0.2)=2,285,178

(三) 慰藉料 一〇〇万円(請求一二五万円)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、和美が本件事故によって傷害を受け、そのために通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛を慰藉するためには、一〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

2  死亡による損害

(一) 逸失利益 二四〇五万三二五六円 (請求二四九三万二七二四円)

和美は、死亡当時五〇歳であったところ、本件事故を原因として自殺しなければ少なくとも一七年間は就労が可能であったと認められるから、平成六年賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・五〇ないし五四歳の女子労働者の平均賃金である三四四万〇八〇〇円を基礎に、和美の生活費として四割を控除し、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、和美の逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり二四〇五万三二五六円となる。

計算式 3,440,800×(1-0.4)×(12.603-0.952)=24,053,256

(二) 慰藉料 二二〇〇万円(請求二三〇〇万円)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、和美が死亡したことにより受けた精神的苦痛を慰藉するためには二二〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

(三) 葬儀費用 一二〇万円(請求どおり)

弁論の全趣旨によれば、原告らは、和美の葬儀を行い、そのために一二〇万円を下らない費用を支出したものと認められる。

三  争点3(過失相殺)について

前記認定のとおり、本件事故は、停止中の原告車両に被告車両が追突したというものである。この点、乙第六号証には、「原告車両が和光電器の入口より少し手前のところで止まったので、被告も停止したところ、原告車両が左指示器を出して進んだので、被告は前進するつもりで少しアクセルを踏み込んだ。すると、原告車両が本件駐車場に入りかけたところで急に停まり、被告は慌ててブレーキを踏んだが、間に合わずに衝突してしまった。」との記載がある。しかし、仮に原告車両がいったん停止後発進し間もなく停止したのであれば、停止前にはさほど速度は出ていなかったはずであって、原告車両の停止が急制動によるものでないことは明らかであり、かえって、原告車両は左の方向指示器を出していたのであるから、被告にとって原告車両が本件駐車場への入場等のため減速のうえ道路左方へ進出することは容易に予想されたのに、被告は原告車両の動静の注視を怠り、かつ、原告車両との十分な車間距離がとれないこととなる状態で被告車両を発進させたために本件事故を発生させたものと認められ、被告の過失相殺の主張は採用できない。

四  結論

以上によると、本件事故によって生じたと認められる和美の損害は、傷害による損害は四三二万九四四三円、死亡による損害は四七二五万三二五六円と認められるところ、死亡による損害についてその八割を控除すると九四五万〇六五一円となり、これに傷害による損害を合計すると、一三七八万〇〇九四円となるところ、乙第七号証及び弁論の全趣旨によれば、前記二1(一)の治療費は被告において支払ったことが認められるから、右より一〇四万四二六五円を控除すると、残額は一二七三万五八二九円となり、原告らは、右についての損害賠償請求権を相続分に従い二分の一ずつの割合で相続したから、各自の損害は六三六万七九一四円となる。

本件の性格及び認容額に照らせば、弁護士費用は原告ら各自につき六四万円とするのが相当であるから、結局、原告らは、それぞれ被告に対し、七〇〇万七九一四円及びこれに対する本件事故の日である平成六年一一月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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